冒頭は「地球へ・・・」のようだと思ったが、それに続く子供たちのジャングルでの冒険は「ハンターXハンター」みたいだと思い、後半の人間対悪鬼の戦いは映画の「帝都大戦」を思わせる。
「マンガみたい」「映画みたい」と思うのはマイナスの評価ではない。
わたしは日本では娯楽として小説よりもマンガや映画のほうがレベルが高いのではないかと常々思っていた。
しかし最近貴志作品を読んで、小説もまだ捨てたもんじゃないと見直した。
筆力というか描写力が素晴らしく、視覚の世界だけでなく聴覚嗅覚までもありありと描きだす。
この作品では特に視覚イメージの鮮烈さが印象的だ。
早季がキャンプで瞬とボートに乗り、夜の川面を渡る美しいシーン。
このシーンが、早季の心の中に強く残ったことによって、後に封印された瞬の記憶が蘇るのだが、このように、一瞬の記憶が、別の時間枠では永遠に存在するという感覚はとても共感できる。
また、そもそもこの世界の「呪力」は、思念によっていろいろなことができるのだが、それには明瞭なイメージを思い浮かべられなくてはいけないのだ。
たとえば壊れたものを直すには、その完璧な像を思い浮かべる。
敵を攻撃するためには、実際に相手の姿が見えていなければならず、その手段も明確に映像にできなければいけないのだ。
単に呪文をとなえ頭の中で念じればかなう能力ではない、というところがおもしろい。
この小説では、こうした「神のような力をもった人間」が平和に暮らしていくにはどうしたらいいのか、という普遍的なテーマ、また「悪」はただ閉じ込め排除すべきてはない、生き物は全て、虫も人間もそれぞれが命をもって生きているのだ、というメッセージが強く伝わってくる。これは、貴志の他の作品全てに共通している。
ただ、たかが娯楽小説といえども、こうした重いテーマを扱っている以上どうしても気になる点がある。
ひとつは、「悪鬼」の萌芽を発見するために疑いのある子供たちにロールシャッハテストをするという記述。
現在の我々の世界を「古代文明」と呼ぶ1000年後の彼らが、今でも既に時代遅れと言われているロールシャッハテストを行うのはありえない。
呪力があるため高度な科学技術は必要とせず、かえって「スローライフ」になっているとはいえ、遺伝子操作をして「攻撃抑制」を脳内に植えつけることまで成功している彼らが古代文明の心理学を採用しているというのは笑える。
「悪鬼」の出現が統合失調症に関連のある疑いがある、という記述もある。
「天使の囀り」や「ISOLA」でもやたら「ユング心理学」ができてきてちょっと気になったのだが、こうしたSFで通俗的な心理学や精神医学の知識をとりいれるのは精神病に対する偏見も招きかねず、注意したほうがいいのではないかと思った。
(以下ラストのネタばれあり)
もうひとつ、ラストの勝利を導く早季の肝心の作戦なのだが、これに関して今ひとつすっきりしない。
早季は
「人間も、バケネズミも、生きており、心臓が鼓動し、熱い血が流れている。笑い、なき、怒り、考える・・・知性をもった存在だ。使い捨てにしていいゲームの駒ではないのだ。奇狼丸とずっと行動をともにしている間に、わたしは、そのことを深く感じるようになっていた。」(下巻p530)
といい、奇狼丸も「目的はわがコロニーの存続のみ」といい、自分の命を投げ出すことに全く躊躇しないのだが、ここまできて結局最後に「特攻隊」さながらの作戦しかないというのは納得いかないものがある。
早季は自分を助けるために命を落とした仲間の人間のためには号泣して嘆き悲しむのに、奇狼丸の犠牲に対しては全く悲しみの描写がないのも拍子抜けだ。
早季もやはり「人間」のことしか考えていないではないかと思えて、上記の早季の言葉が嘘くさく感じられてしまうのだ。
それもまた「完全な人間など存在しない」とする早季の人間観に照らし合わせればむしろ矛盾しないのかもしれないが・・・。
あとひとつ、業魔になり消されてしまう悲劇のヒーロー瞬は、貴志作品「青い炎」の主人公の少年を思い出させる。
彼は、その聡明さ、冷静さ、そして優しさを人並み以上持っているにも関わらず、というよりそれらの優れた資質ゆえに、罪を犯す自分を抑えることができない。
「新世界より」でも、
「人より素直で心の優しい子ほど、業魔になる確率が高い」という記述がある。
はっきりとは書いてないが、容貌も人より美しいことを想像させる。
このへんは、「悲劇の主人公」の設定としてはありふれているのかもしれないが、しかし、心の美しい優れた人間ほど罪を犯しやすい、そして自ら死を選ぶことによってその罪は許される、というのは、罪や死を美化しているようで、あやうい。
以上気になるところもあったのだが、長編小説として最後まで破綻せず、読者の想像力を刺激する世界を創出する手腕は素晴らしい。
今後も、もっと重厚なフィクションを書いてほしいものだ。
本当に印象的な、映像栄えしそうなシーンがたくさんあるので、そのうちまた映画化されるだろうな。
この作品のもつ美しさを損なわず映像化されるといいなと思う。
このメモでは触れなかったけど他にもいろいろおもしろい設定もたくさんあって、殺戮描写はかなりグロイところもあるけど、そういうの好きな人にはとにかくおもしろいので、興味ある人はぜひ読んでみて。
(終わり)
memo
インタビュー
http://www.yomiuri.co.jp/book/author/20080212bk13.htm 講談社サイト
作家本人によるイラストが・・・(笑
http://shop.kodansha.jp/bc/books/topics/newworld/